瞑想

「瞑想」の伝統全体の基礎は、パタンジャリによって書かれて「ヨガ スートラ」で確立されました。パタンジャリは、1,000 年から 3,000 年くらい前のインド人で、そのスートラ (韻節) で瞑想についてほぼすべての局面を解説したと言われています。

ただ「パタンジャリのヨガ スートラ」を読み (もちろん、解読法が非常に重要になることを忘れてはいけませんが)、修行するだけで、瞑想についてすべてを知ることができること でしょう。参考文献としては、ヴィーヴェッカナンダの注釈 (「ラージャ ヨガ」)、アベーダナンダの注釈、クリストファー・イッシャーウッドとプラバーヴァナンダの翻訳等が高く推薦されます。

ちなみに、瞑想とはマハリシ式の超越瞑想を意味すると信じている人々もいるようですが、彼の方法はマントラ (暗唱) ヨガで、私たちの脳を鈍化し、疲れさせ、催眠状態に入れる修行であるように思われす。

瞑想に関して、パタンジャリ以降これだけ長い間新しいことは何も発見、考案されていない一方で、伝統的な瞑想を超越したと主張された瞑想が実はパタンジャリ式の瞑想の域を脱していないという事実はまさに驚くべきことです。 たとえば、和尚 (バグワン・シュリ・ラジニーシュ) は、現代人は忙しい社会に住んでいるので、瞑想するために何時間も座っていることができないという理由から、 瞑想者が急激に自分の体を動かして踊る「ダイナミック瞑想」等を考案しました。しかし、著者は、このような「ダイナミック」瞑想は、瞑想者が瞑想状態に達し、維持するには数十分過ごす必要があるという意味で、つまるところは、伝統的な正座瞑想と変わらないということを経験的に発見しました。

まさしくこの意味で、NLP のマインドのテクニック/演習により、演習実践者は (厳密に言えば、演習の間ではなく、むしろ演習後の通常の日常生活においてですが) 同じ瞑想状態を経験することが可能になっています。瞑想者は、何時間も座ったり踊ったりして瞑想する必要はなく、オフィスで机に向かって働いているときでさえ、 数分 (場合によっては数秒) の間単純な頭の体操をすることで、同じ意識状態を達成することができるようになっています。

Guhen 式体系は、NLP は、忙しい現代人に最も適していて、パタンジャリによって作られた何千年もの歴史のある古い方法論を初めて超越 (むしろ、置換) することができる瞑想のための方法論として使用することができる、と主張します。

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